インサイト

Global Legal Update

Global Legal Update Vol. 122 | 2025年12月号

ジョーンズ・デイでは、世界各国に広がる40のオフィスが、現地の法令や判例等の最新情報をAlert/Commentary等としてお伝えしています。その中から日系企業に特に関心が高いと思われるものを以下でご紹介します。なお、英文部分の各リンクからAlert/Commentary等の原文をご覧頂けます。

不動産

東京オフィス市場における賃料上昇と法的紛争の実務対応

概要

本稿では、コロナ禍後の需要回復に伴う東京のオフィス市場における賃料上昇の動向と、借地借家法第32条に基づく賃料増額請求(以下「賃料増額請求」といいます。)の法的枠組み、継続賃料の評価手法、ならびに関連する裁判手続の実務について解説します。市場環境の変化を踏まえ、賃貸人・テナント双方に求められる準備や留意点を、経済分析に基づく定量的評価の重要性と併せて整理します。

背景:需要回復と賃料上昇の局面

コロナ禍の収束とともに、企業の都心回帰が進み、オフィス需要が回復しています。主要オフィスビルの空室率は5%を下回る水準まで低下したといわれ、新築物件の賃料は建築費高騰等の影響で上昇しています。既存物件においても、物価の上昇等を根拠に賃料の見直しが進む局面にあります。こうした環境下で、現行賃料と近隣相場との乖離が拡大した場合には、賃貸人にとってはテナントに対する賃料増額請求の行使が選択肢となる一方、テナントにとっては賃料増額請求を受けるリスクが高まります。いずれの立場においても、データに基づく複雑な交渉および裁判手続の可能性を見据えた準備が不可欠です。

賃料増額請求の趣旨・要件

賃料増額請求は、日本の賃貸借法制に特有の制度です。いわゆる普通借家においては借家人が保護されており、契約満了時に借家人が更新を希望する場合、賃貸人は実質的にこれを拒むことが困難です。その結果、借家人の意向次第で賃貸借が長期に継続し得ることから、契約後の経済状況の変化を賃料条件に反映する仕組みとして賃料増額請求が認められています。賃料増額請求は契約期間中でも行使でき、借家人への通知により直ちに効力が生じます。なお、テナントからの賃料減額請求も可能です。

賃料増額請求が認められるためには、直近に当事者が賃料条件を合意した時点(以下「直近合意時」といいます。)以降の事情変更により現行賃料が不相当となっていることが必要です。典型的には、経年により過去に合意した賃料と最新の賃料相場との間に乖離が生じている場合が該当します。他方で、当事者が意図的に相場以下の賃料を設定していた場合など、入居時の人的・利害関係や過去の合意経緯によっては、相場上昇があっても賃料増額請求が認められない、あるいは増額幅が限定される可能性があります。

継続賃料の概念と評価枠組み

賃料増額請求の行使により、賃料は相当な水準、すなわち「相当賃料」または「継続賃料」に調整されます。重要な点として、継続賃料はテナント入居時に当事者間で合意される「新規賃料」とは別概念であり、両者が一致する必要はありません。実務上、多くの場合、継続賃料は現行賃料と、賃料増額請求の行使時点(以下「価格時点」といいます。)における新規賃料の間で決定されます。

継続賃料の算定は、国土交通省が公表・改定する不動産鑑定評価基準に基づき、不動産鑑定士が実施します。上記基準は裁判所を法的に拘束するものではありませんが、実務上、裁判所は上記基準を尊重して判断を下す傾向にあります。評価は、以下の四手法による各試算賃料を適切にウェイト付けして総合評価する方法により行われます。

  • 差額配分法
  • スライド法
  • 利回り法
  • 賃貸事例比較法

上記の方法の中でも、差額配分法とスライド法は実務上の重要性が高いことから、以下説明致します。

差額配分法

差額配分法は、現行賃料と価格時点の新規賃料との差額を、賃貸人帰属分とテナント帰属分に区分し、賃貸人帰属分に相当する増額を反映して継続賃料を導く手法です。例えば、現行賃料が50、新規賃料が90の場合、差額40のうち25を賃貸人、15をテナントの帰属分とすれば、継続賃料は75(=50+25)となります。

新規賃料は、価格時点における同種建物の成約事例を参照する方法、または建物の原価を積算して相当利回りを乗じる方法により算定されます。差額の配分割合は、①直近合意時以降の経済的条件の変化(例:賃料相場の上昇)と、②賃貸借契約内容・賃料変更の経緯など直近合意時までの諸事情を分析した上で決定されます。

スライド法

スライド法は、純賃料(賃料から減価償却費、維持管理費、修繕費、公租公課、損害保険料等を控除した額)を基礎として、各種経済指数等から得られる変動率を用いて試算賃料を導く手法です。指標としては、(a)国内総生産、国内企業物価指数、企業向けサービス価格指数といったマクロ指数、(b)地価公示・路線価・建築工事費デフレーターといった不動産価格関連指数、さらには(c)調査会社が公表する賃料指数などが利用されます。例えば、直近合意時の指数が100、価格時点の指数が120であれば、変動率は20%となります。

手続面:調停前置と鑑定の位置付け

賃料増額請求に関する紛争の裁判手続には二つの特徴があります。第一に、賃貸人は直ちに訴訟提起できず、まず裁判所に調停を申立てる必要があり、調停で賃料額に関する合意が成立しない場合に訴訟に移行します。第二に、賃料増額請求訴訟では、通常、裁判所が選任する鑑定人により継続賃料の鑑定評価が行われます。鑑定は裁判官を拘束しませんが、裁判官は鑑定書の定量的情報を参照し、また、鑑定評価が相当と考える場合にはこれに依拠することから、結論に重要な影響を及ぼし得ます。

実務上の示唆

  • 市場賃料の上昇により現行賃料との乖離が拡大する局面では、賃貸人にとって賃料増額請求の行使時機となり得ます。他方、テナントにとっては賃料増額請求に対する対応方針の早期検討が肝要です。
  • 賃料増額請求の成否や増額幅は、継続賃料の専門的・定量的評価に左右されます。差額配分法・スライド法等の手法に基づく経済分析と、契約経緯・当事者間の関係性の適切な立証が、交渉・調停・訴訟のいずれの段階でも重要となります。
  • 裁判所関与が見込まれる案件では、不動産鑑定評価基準に沿った客観的資料の整備と、鑑定評価の前提事実(新規賃料、配分割合、指数選定等)に関する説得的な主張立証が、望ましい解決につながります。

その他、2025年11月は以下の情報をAlert/Commentary 等としてお伝えしています。

商事・不法行為訴訟

カリフォルニア州が民間建設プロジェクトに関して重要な新たなルールを義務付ける
California Mandates Important New Rules for Private Construction Projects

サプライチェーンにわたる訴訟リスク:サプライチェーンにおける強制労働を根拠とする米国のツナ輸入会社に対する人身売買被害者保護再承認法に基づく請求の審理を裁判所が認める
Litigation Risk Across Supply Chains: Court Allows Forced Labor Claims Against U.S. Tuna Company to Proceed

米連邦第9巡回区裁判所が、カリフォルニア州上院立法第261号に基づく気候変動関連リスクの報告義務の執行を差し止める一方で、同第253号の差止めについては却下する
Ninth Circuit Enjoins SB 261's Climate-Related Risk Reporting Requirements, Declines to Enjoin SB 253

事業再編・倒産

デラウェア州連邦倒産裁判所:チャプター11の再生計画のゲートキーピング条項に法的根拠なしと判示
Delaware Bankruptcy Court: No Legal Authority for Chapter 11 Plan Gatekeeping Provision

反対少数債権者の権利保護に係るConvergeOne判決後の債務管理:平等的な取扱い、排他的な機会、そして「貸し手対貸し手」の次なる戦いの局面
Liability Management After ConvergeOne: Equal Treatment, Exclusive Opportunities, and the Next Phase of "Lender-on-Lender" Warfare

ニューヨーク州連邦倒産裁判所、最小限の米国内資産があれば外国債務者に係るチャプター15の承認を認めるバーネット・ルールへの異議を退ける
New York Bankruptcy Court Rejects Challenge to Barnet Rule Permitting Foreign Debtors to Obtain Chapter 15 Recognition With Only Minimal U.S. Assets

エネルギー

EMEAにおける二酸化炭素の回収・利用・貯留(CCUS)
Carbon Capture Utilization and Storage in EMEA

フィナンシャル・マーケット

米国連邦準備制度理事会、監督手法を大幅に見直し
Federal Reserve Overhauls Its Approach to Supervision

「プロジェクト・クリプト」のデジタル資産に関する新たなアプローチの内幕:可変的な証券該当性
Securities on a Sliding Scale: Inside "Project Crypto's" New Approach to Digital Assets

投資家と上場会社の双方へバランスを考慮したガイダンス:株主エンゲージメントに係る2025年の米国証券取引委員会による調整
Striking the Balance: Managing Shareholder Engagement in 2025

訴訟・紛争解決

フランスの破棄院が弁護士・依頼者間の秘匿特権について新解釈を採用
French Supreme Court Adopts New Interpretation of Attorney-Client Privilege

政府規制

米商務省産業安全保障局(BIS)、関連事業体ルールを一時停止、中国はレア・アース輸出規制を保留
BIS Suspends Affiliates Rule, China Pauses Rare Earth Export Controls

米国環境保護庁(EPA)、PFAS(有機フッ素化合物)の一回限りの報告規則に関する改正案を提案
EPA Proposes Amendments to One-Time PFAS Reporting Rule

米連邦政府、運輸契約における人種・性別に関する推定に関する規定を撤廃
Federal Government Removes Race- and Sex-Presumptions in Transportation Contracts

ヘルスケア・ライフサイエンス

米国食品医薬品局(FDA)、バイオシミラー開発を加速させるため比較有効性試験の廃止を提案
FDA Proposes to Remove Comparative Efficacy Studies to Accelerate Biosimilar Development

知的財産

日本政府、ジェネリック医薬品の特許リンケージ制度の改善案を検討
Japanese Government Considers Potential Improvements to Patent Linkage System for Generics

英国控訴院、アディダスの「スリーストライプ」位置商標の無効判断を支持
UK Court of Appeal Upholds Invalidation of Adidas' "Three Stripe" Position Marks

労働・人事

EUにおける賃金の透明性:使用者が知っておくべきこと
EU Pay Transparency: What Employers Need to Know

ミネソタ州の使用者は2026年に向けて有給休暇と病欠に関するポリシーの見直しが必要
Minnesota Employers Should Review Paid Leave and Sick Time Policies for 2026

州司法長官による法執行・調査・訴訟

ニューヨーク州の新たなアルゴリズム価格開示法が施行
New York's Novel Algorithmic Pricing Disclosure Law Takes Effect

税務

米財務省の最終規則、1%自己株式取得課税ルールの適用範囲を大幅に限定
Final Treasury Regulations Significantly Limit Application of 1% Corporate Stock Buyback Tax Rules

ジョーンズ・デイの出版物は、特定の事実関係又は状況に関して法的助言を提供するものではありません。本書に記載された内容は、一般的な情報の提供のみを目的とするものであり、ジョーンズ・デイの事前の書面による承諾を得た場合を除き、他の出版物又は法的手続きにおいて引用し又は参照することはできません。出版物の転載許可は、www.jonesday.comの“Contact Us”(お問い合わせ)フォームをご利用ください。本書の配信、および受領により弁護士と依頼人の関係が成立するものではありません。本書に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、当事務所の見解を反映したものではありません。